思考の限界と自力本願、他力本願
自力本願と他力本願は自らの力量に応じた本願
人間は自分の行動は無限でなく有限であることを認識している。しかし、誤解を招きやすいのは行動ではなく思考である。
思考や想像は自由で無限だと勘違いしている。
実は、思考や想像も有限である。
自らの限界が「そこにある」のだが概ねは、それを認識していない。
思考や想像にも限界は存在するのである。
人間の判断は、材料となる情報に基づいて思考と想像の限りを尽くして瞬間的に行われることが多い。
収集した情報は有限であることが前提であるが、それを有限の思考と想像で判断することに必ずしも正しくない結果が訪れる。
これは、概ね思考と想像の賜物である。
ドレミファソラシドを高音まで声に出すのは物理的に限界がある。
実は、思考と想像を最大限に駆使しても、ドレミファソラシドを高音まで心で思うことすらも限界がある。
ヘミシンクで限界を超える
思考と限界の範囲は自らの努力を駆使しなければならない。自力本願とも言える。
一方、思考と想像の限界を超える範囲は自らの力が及ばないのだから、謙虚に祈るしかない。これを他力本願という。
自力本願と他力本願は、相対的な敵対関係に位置するものではなく、自らの力量に応じた本願と言える。
ヘミシンクの体験は思考と想像の限界を大きく超えることになる。
ヘミシンクの物質界と非物質界に実は境界はなく、自らの限界線を境界としてボーダーラインを作っているだけかもしれない。